予定

次回出場予定 2017年は終了です。痛めた足の療養中  ラオスにて障害者陸上を指導中

2017年4月30日日曜日

日本です

ただいま帰国中です。
完全に時期を勘違いして、持参してきた服の出番が全くなさそうです。
成田到着後、電車の中で半袖・半ズボン・ビーチサンダルで少し恥ずかしかったです。

ただ、ハノイー成田間で3列シートを独占できた幸運もありました。

3列シートを独占できてご満悦の顔
帰国の最大重要事項である検査結果は、良好。
CPK値は過去、2番目にいい数値でした。
プレドニンの薬は今回減量なし。
前回は今回数値が良ければ減量するとのことでしたので、その辺を確認すると、通常の患者であれば薬を減量できる数値であるが、検査期間が長く開く私の場合は慎重にせざる得ないと…。

元の数値に戻ると、また一からやり直しになるようです。
その辺の説明を聞き納得しました。
また、薬を飲んでいれば安定しているので治ったと錯覚しそうになっていることも伝えると、Dr.曰く、膠原病の難しさは「そこなんだよ」とも。油断して、薬を飲まなくなることが無いようにとも改めて言われこの病気、膠原病(多発性筋炎)の大変さ怖さを改めて実感しました。

もう一つの重要事項は千葉マスターズ記録会出場です。
M50クラス、三段跳び・走り幅跳び・4×100mリレー(所属地域別)です。
三段跳びのM50クラスの県記録は11m42cmです。
M45の三段跳びの県記録は僕が持っています。
なんとか更新したいと意気込んでいたのですが、見事撃沈。

ーーー結果ーーー
三段跳び、10m40cm +4.0
走り幅跳び 5m01cm +1.2
リレー 4位。

走り幅跳び前の写真
ラオスでの練習では(三段跳び)いい感じだったで、密かに県記録を狙っていたのですが、そうは上手くいきませんね。
運よく、走り幅跳びで動画を撮ってもらえたので、確認すると技術的さほど悪くない。
全くの力不足ですね。三段跳びも同じようだと想像できます。

だいぶ復活してきたつもりでしたが、まだまだです。
それと同時に膠原病・多発性筋炎はだいぶ手強いなと…。

県記録まで142cm。
遠いと見るか近いと見るか…。
三段跳びなら一歩で一足分ちょっと伸ばせれば実現できます。
そう簡単に物事進むとも思ってもいませんが、目指さないことには始まりません。
一時期は再起も不可能と思いました。
競技できるだけで儲けもの。

だからと言って適当にやるのではなく、あくまでも高みを目指します!
現況を知らずして戦略は立てられません。

おまけみたいな余生。
自由気ままに生きるからこそ見える僕独特の世界観。
少しでも、何か(誰)の役に立つことに繋がればと思い発信し続けて行きたいと考えます。
賛否は当然あるでしょうが、もともと逆境に好かれるタイプです。

成功も失敗も自分自身がよく知っていると思います。

本日もご覧いただきありがとうございます。

多謝、羽根。

2017年4月22日土曜日

金メダリスト

ピーマイ・ラオも一段落して通常に戻っているラオス・ヴィエンチャン地方です。
気温は38度以下なのですが、気温以上に暑く感じ身体にこたえる今日この頃です。

今、お世話になっているADDPでは日本からの各専門家がラオスへ来てくださっています。
先陣を切って、女子ゴールボール選手。
ロンドンパラリンピックで金メダルを獲得した安達選手。
北京パラリンピックで7位の高田選手。
少し遅れてのラオス入りはトレーナーの森川さん。

選手が到着した日に夕食をご一緒させていただく機会に恵まれました。
お二方とも、障害者スポーツの啓蒙・普及などに尽力されていて様々な取り組みを聞くことができ有意義な一時でした。

また、実践のワークショップなどでも実際の動きなど披露して、今まで未経験のラオス・ゴールボール選手(男女)は一生懸命に聞き入っていました。

パラリンピアンのお二方に選手の印象を尋ねたら、やはり決定的に練習不足、知識不足だと仰っていました。
が、身体能力的にはいいものを持っている選手もいるので、今後、定期練習が実践されれば強くなるのは間違いないとも仰っていました。

これ、僕がラオスへ来て陸上でも同じことを感じました。
ここでも、ラオス人の身体能力の高さは証明されたことになりますね。

それと時期を多少ずらして、新たに始めるプロジェクトの知的(ID)障害者のワークショップ。
以前から継続している、クッキーの技術指導も並行して行われます。

様々な方々がラオスを応援してくださっています。
今後も、ラオスへの興味を持ち続けてください。

写真に向かって右側の手前から、安達さん・高田さんです。
あとは、ADDP関係者です。


本日もご覧いただきありがとうございます。

多謝、羽根。

2017年4月15日土曜日

ディーチャイ

Sabaidee Pima Lao(サバイディー ピーマイ ラオ)ラオス新年おめでとう。
仏暦で今年(新年)は2560年です。
西暦のように切り替わりがはっきりしていませんが、その辺の柔軟さも東南アジアのいいところの一つです。

通常、この時期が一番暑いのですが今年は過ごしやすい気温でした。(まだ2年目ですが…)
昨年は40度まで上がっていました。
少し前に、39度を記録したのですが、その時は湿度が低く気温ほどは暑く感じず、ここ最近の気温は37度くらいなのですが湿度が高めで気温以上に厳しい陽気です。

今、ラオス新年でお休み期間なのですが、休み前の練習で嬉しいことが…
毎週月曜日は選手は学校が忙しく終わる時間が遅いので休みにしています。
そこで、僕はコソ練を実行している(内緒で練習することをコソ練と呼んでいる)のですが、Facebookにアップしています。

ラオス障害者選手が見て、何だ?休みに練習?とか聞いてきます。
うん!練習!自分自身の三段跳びの練習!それも内緒のね…っていうと、Facebookにアップしたら秘密にならないのでは?と…。
それがいいんだよ!と伝えたのですが、その時は何がいいのかは伝わらなかったようです。

通常練習では、指導がメインなので自身の練習は出来なく月曜日に行っているのが解ったようです。
すると、月曜日に来たら教えてくれるか?とのこと。
もちろん、来れば教えるよ!と伝え休み前の1回でしたが走り幅跳びを教えることが出来ました。彼は、Jeck(T46)で社会人なので自力でいつも練習に参加してます。

普段出来ないことをどのようにすれば出来るようになるのかを考えるヒントになるかなぁーと思っているのですが、果たして思惑通りにいくのでしょうか…。

今後、どのようになるのかも楽しみが増えました。

また、一人の選手が足首を痛めてしばらく休んでいて様子を見ていたのですが、どうやら怖さの克服が最大の課題にように感じました。
休んでいる時期の様子や、本人と痛みについて話しました。
そして、背中を押してあげた…
練習再開させてみたところ痛みはあまり感じないとのことです。

僕の方法が正解かどうかは分かりませんが、痛みが完全に消えることはないと思っていて、いつん間にか痛みがなくなってた…ってことが多々ありましたのでそのラインで押してみることにしました。
しばらくぶりの練習で本人も納得した様子です。
SD~幅跳びの練習まで出来るようになりました。
本格的に練習を行うことは未経験(未体験)が多い選手たち。
今後、故障や怪我も当然あるでしょう。
そこからのリカバリー方法も全く知らないので、全てが本人の財産になります。
これで、本人の引き出しが一つ増えたことになると思います。

最近は、健常者組みへの終了時の挨拶も定着してきて、陸上競技ですが障害者、健常者のバリアがどんどんなくなって行っているのが実感できます。
また、オリンピック委員会の方々もほぼ毎日、グランドへ来ているので(業務終了後のジョギング)障害者・健常者が仲良くやっているのも見ていると思います。

うまくインクルーシブが機能してくれると嬉しいですね。

関連のあるいい写真がなかったので、少し前の練習風景です。

少しづつ少しづつ。
僕の持っているものを理解して受け継いでくれて、うまくアレンジしてその国にあったように進化させてくれれば嬉しいなー。
そう、memeのように…

表題のディーチャイはラオス語で嬉しいとの意味です。

本日も最後までご覧いただきありがとうございました。

多謝、羽根

2017年4月8日土曜日

人生いろいろ

色々あった今週も無事に終えられそうです。
色々という定義も人それぞれ違うので、それが色々か!?ということは無しでお願いします。
だから色々なんですよね、いつかの総理も仰っていましたね。
人生色々、会社も色々…って(笑)

まあ、言葉遊びはそこそこにして…

まずは、月曜日恒例の秘密練習(以下、コソ練と言います)です。
前回の三段跳びのコソ練で、右ひざを痛めました。
この歳(数えで52歳)になり、本当に効率を最重視しないと戦えなくなってきました。
パラリンピックという分野へは挑戦資格はあるものの現実性に欠けます。
ですので、相手としては自分自身と、マスターズ選手(健常者の同世代)。
自分自身に対して納得ができないと相手と戦うなんて論外です。(と、勝手に考えています)

以前の動画を見て反省点を洗い出し、前回修正して実行すると右膝に結構な痛みがきました。
偶数歩で2、4歩はスピードがあまり出ないので大丈夫だったのですが、6歩にして一回目で痛みがきたので、その場で終了。
その場で動画を見たのですが、自画自賛で申し訳ないのですがかなりいい動きです。
千葉マスターズ M50三段跳びの県記録も見えてきました。11m42cm(1993年)
とはいえ、スポードが載ってくると一気に難度が上がるのは皆さんご承知だと思います。
↑ ↑ 動画は、その6歩の一本目。我ながらいい跳躍。

その翌日に、
痛めたヒザの確認も踏まえてスタートダッシュ(以下、SDとします)まで行えて、数本行うと内転筋を痛めてしまいました。

もう、仕方ないので諦めました(物事を明らかに見る)。

翌日
以前ラオトヨタに在籍していた小川さんが現在所属しているタイ(南部のスラタニ)から来てくださいました。メインの重要な用事は当然ありその延長ですが嬉しいですね。
(タイで同じグループのチームで活躍している大河選手とともに)
その後、現在もラオトヨタで活躍している日本人選手の宿舎へ案内して頂き嬉しかったです。

その場で、走り方に興味はないですか?と尋ねるとすごく興味がある。と…。
月曜日コソ練に興味があるようで、タイミングが合えば合同練習も実現するかもしれません。
写真、右が小川さん、オシャレさんでよくサーファーに間違われるそうです。
写真、左が大河さん、彼女がものすごく綺麗で羨ましい限りです。
大河さん、ブラジルへも3年間の留学経験あるそです。



















写真、左の茶目っ気たっぷりが本間和生さん。ヨーロッパでも活躍したのち
ラオスへ来たそうです。一昨年と一昨々年の得点王で
アジアのking kazuと呼ばれているレジェンド。

写真左から3人目は、山口廉史(れんし)さん。
昨年のラオスベスト11に選出される。





















翌日
普段、お世話になっている教育スポーツ省の方からミニパーテーィー(ラオス正月をピーマイ・ラオと言い、4月14、15、16がピーマイ・ラオです)をお昼に行うから来ないか?とのことで、お邪魔しました。昨年も同じ時期に行なっていました。毎年、違う家庭(省の職員)で行い持ち回りのようです。

まだ、2回目ですが前回とほぼ同じメンバーで局長さんまでお見えになり盛り上がります。
局長さんは僕の顔を見るなり、とても喜んでよく来た!と満面の笑みで握手をしてくださり、光栄以外ありませんね。
残念でしたが、当日は練習日でしたのでアルコールは口にせず会の途中で中座しました。

その前に、水をかけられました。
ピーマイ・ラオは別名水かけ祭りとも言われていて、諸説あるようですがラオスでこの正月時期が一番暑く、水をかけて涼しくなろうや、悪いものを水で流すという意味合いがあると聞いています。
と、色々とありました。
その途中で再度、胃痛に見舞われました。
この胃痛も、前回と比較して原因を自分なりに探って見ました。
食べる量が怪しいと結論づけて今回は上手くハマって無事に乗り越えられました。

水をかけられている様子。
この後、びしゃびしゃで車で帰り着替える羽目に…


















この暑さなので、食べないと体力負けするという恐怖感に勝てなく無理があったのかもしれません。食べるに越したことはないとは思いますが、何事にも、やはりさじ加減ですね。

半世紀を過ぎて生きています。
身体だって多少のガタがくるのも当たり前。
国の難病指定である「多発性筋炎」を患い、ここまで来れたのも儲けもの。
ここから先は「おまけ」みたいな人生。
嫌いなことはやらず、嫌いな人とは会わず、やりたいことだけをやって行き(生き)ますよ。

長文、ご覧いただきましてありがとうございます。

多謝、”進化する異端児い”羽根。

2017年4月2日日曜日

エイプリールフール

昨日、2017年4月1日に公開した文章は「エイプリールフール」です。

文中では、矛盾点も多数残していたのでおそらく直ぐに分かるだろうと思いましたが、意に反しブログのアクセス数は通常の倍以上に…。

確かに、
無知の部分が多い国での出来事。
前例がない出来事。
私という、異端児の行い。
という事柄を勘案するると、そうなのかも、何が起きても不思議じゃないよね…と思われた方もいたのかもしれません。

facebookやtwitterでも励ましのお言葉など頂きましたが、遊びを共有したく本日のご報告にさせて頂きました。

少しは楽しんでいただけたでしょうか?

本日もご覧いただきありがとうございます。

多謝、羽根。

2017年4月1日土曜日

選手登録のご報告

この度、ラオスで障害者競技者としての選手登録が認められました。
ラオス史上初の障害者陸上の国際クラス分け保持者となります。
ご存知でしょうが、T/F46クラスです。
なので、今回のASEAN PARA GAME’Sはコーチ兼任で選手として向かいます。

ASEAN PARAはIPC非公認のために、IPCの記録には残りませんが記憶には残ると思います。

自分自身でも、今後どのような方向に進んでいくのかもわかりませんが、その時々を大事にして日々歩んでいきたいと思っております。

2020年の東京パラリンピックへ身体やモチベーションもどうなるかわかりませんが、みんなが体験出来ない事柄を体験できる喜びを噛み締めながら、日々、犀の角のようにただ歩んで行きます。

本日もご覧いただきありがとうございました。

羽根。